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東京高等裁判所 昭和45年(う)1201号 判決 1971年10月26日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は東京高等検察庁検察官検事鈴木茂提出の控訴趣意書及び「事実取調べに対する意見書」と題する控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は弁護人朝倉正幸作成の答弁書及び反駁書記載のとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

第一、控訴趣意の要旨

論旨は、原判決が原判示熔岩を森林の産物と認定し、被告人の原判示所為を森林法第百九十七条の森林窃盗罪にあたるとし、刑法第二百三十五条の普通窃盗罪の成立を認めなかつたのは、法令の解釈・適用を誤つたものである、というのである。

第二、当裁判所の判断

一、よつて按ずるに、森林法は森林の産物についてこれを定義する規定を定めていないが、森林法が森林における産物の窃取を普通窃盗と区別し特別に規定を制定した理由、森林に関する法制の沿革並びに森林に関する法令(現行法はもち論旧法を含む)中産物の範囲に関連をもつと認められる諸規定等に鑑みると、産物とは森林より産出する一切の物をいい、有機的産出物はもち論無機的産出物をも含むものと解するのが相当である。従つて森林の無機的産出物である土石、砂利等は、有機的産出物である竹木、樹皮、枝葉、樹実、雑木、蔬菜、菌蕈等と並んで森林の産物ということができる。

二、以下右に判示した事項について若干これを敷衍する。

Ⅰ、大宝令以来の法制(徳川時代各藩の定めた法制は別として)によれば、わが国においては、明治十三年太政官布告第三十六号刑法(以下旧刑法という)第三百七十三条が制定されるまでは、森林産物(但し加工したものは除く)の盗取を犯罪として定めた法令はなく、旧刑法第三百七十三条によりはじめて森林産物の窃盗罪を認めるに至つたのであるが、その刑は普通窃盗(旧刑法第三百六十六条)に比し著しく軽い。その後明治三十年に至り、同年法律第四十六号森林法(以下旧旧法という)の制定により森林の管理、監督並びに森林犯罪に関する法制が整備され、同法はその後明治四十年法律第四十三号(以下旧法という)により、同旧法は昭和二十六年法律第二百四十九号(以下現行法という)により順次改廃され、現在に至つているが、その基底には変更はない。而してその刑は旧刑法と同様普通窃盗(刑法第二百三十五条)に比し著しく軽いのみならず、罰金刑が選択刑として定められている点に特色がある。このように森林窃盗の法定刑が普通窃盗のそれより軽い所以については、前者は犯罪の目的物たる森林産物の所在の場所、態様の特異性から、当該産物に対する権利者の支配力等が後者に比しはるかに薄弱であると共に、旧時森林産物は自由物であり、汎く入会ないし入会類似の慣習が行なわれ、長年地元民がその産物を採取してきた旧慣の存在等がその主要な根拠とされている。而してわが国における入会の形態は多種多様であるが、その対象物についてこれをみれば、樹木、柴草等の採取はもち論石材の採取にも及んでおり(大審院大正六年十一月二十八日判決、大審院民事判決録第二二輯二〇四四頁参照)、このことは、森林窃盗罪の制定の趣旨が、前記のとおり、入会に関する旧慣の存在をも斟酌されているとすれば、同罪の対象物である森林産物の意義・範囲を解釈するに当つては看過できない事項といわねばならない。

Ⅱ、森林に関する法制中

(1) 旧刑法によれば、同法は第三百七十三条において「山林ニ於テ竹木、礦物其他ノ産物ヲ窃取シ、又ハ川沢、池沼、湖海ニ於テ人ノ生養シ、若クハ営業ニ関スル産物ヲ窃取シタル者ハ亦前条ニ同ジ」と規定し、第三百七十二条において「田野ニ於テ穀類、菜菓其他ノ産物ヲ窃取シタル者ハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ処ス」と規定している。右第三百七十三条は、山林の産物につき、まず竹木、礦物を例示的に掲げており、産物を有機的産出物に限つていないことは注目に値いすることであり、森林法が旧旧法以来この点において旧刑法と別異の立場をとつたと認め得る資料はない。

(2) 旧旧森林法第二十条、旧森法林第十三条、第二十条、第二十六条、現行森林法第三十一条、第三十四条第二項は、いずれも森林の所有者等に対する森林利用に関する制限規定で、都道府県知事に森林利用の中核をなす産物の採取等に関し制限、禁止等の権限を認めているのであるが、土石を森林の産物であること何人も異議のない木竹、落葉、落枝、柴草、樹根、草根と同列に列記している。このことも森林産物の解釈に当つては看過できない。

(3) 国有林野法第七条、国有林野の産物売払規程(昭和二十五年五月十七日農林省告示第百三十二号)第二条によれば、「産物」とは、国有林野事業特別会計の管理に属する林産物(土石等を含む)及びその加工品をいう、と定めており、林産物中に土石等を含めている。これらの法条は結局国有林野の管理経営に関する規定であるから、直に森林法にいわゆる産物の意義を定める資料とはなし難いが、その参考資料となすことは支障のないものであり、而も、森林法の見地に立つて考察しても、森林産物につきこれを別異に解釈しなければならない根拠は、にわかに発見し難い。

(4) 民法第八十八条第一項は天然果実の意義を定めているが、これに無機的産出物を含むことは定説である。この法条は(3)と同様森林法とは直接関係はないが、森林産物の意義を解釈するに当つては参考にしてもよいものと考える。

三、所論は大審院大正九年十月十九日の判決(刑事判決録第二六輯七二三頁参照)及び福岡高等裁判所昭和四十年六月二八十日の判決(高等裁判所刑事判例集第一八巻二五三頁参照)を根拠に原判決の法令の解釈・適用の誤りを指摘している。しかし、

(1)  大審院大正九年十月十九日の判決は、所論指摘のとおり、山林地を組成する土砂、岩石は産物に含まれない旨判示しているが、大審院はその後昭和六年十二月二日森林地区内より産出する石灰石は森林法にいわゆる森林産物に該当する旨判示している(大審院民事判例集第一〇巻一一八〇頁参照)。後者の判決は総合部判決ではないが、前者の判決より後になされたものであり、実質的には判例の変更と認めるのが相当であるのみならず、前者の判決の如く、森林の産物を有機的産出物に限ることは、前記第二の二のⅠ、Ⅱ等に照らし、にわかに賛成し難い。

(2)  福岡高等裁判所昭和四十年六月二十八日の判決には、その判文中に所論指摘の如き個所は存するが、この判決は、森林法第百九十七条にいわゆる「森林においてその産物を窃取した者」とは、当該窃取行為の行なわれた森林より産出した産物を窃取した者に限るか、右森林以外の森林より産出した産物を窃取した者をも含むかについて判示したものであつて、森林の産物自体の意義について判示したものでなく、本件の法令解釈につき先例となるものではない。

四、ところで、記録及び当審事実取調の結果によれば、本件熔岩のもとあつた場所は富士山麓の天然樹海の中にあり、同樹林は富士山より一面に噴出した熔岩塊の堆積する台地上に生育しているものであること及び右熔岩は右台地の一部をなしているが、庭石その他として広く利用され、相当の経済的価値を有することがそれぞれ認めるられるから、本件熔岩は被告人らが原判示窃盗行為を行なつた森林の産物と認めるのが相当である。

五、右の次第で、原判決が被告人らの本件熔岩窃取行為を森林の産物を窃取したものとし、森林法第百九十七条、刑法第六十条を適用処断したことは相当であり、原判決には何等法令の解釈及び適用の誤りはない。論旨は理由がない。

六、よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法第百八十一条第三項を適用し、主文のとおり判決する。

検事 鈴木茂 公判出席

(八島三郎 栗田正 中村憲一郎)

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